【特集】中川幹太上越市長任期残り1年 期待から失望への3年 どうしてこうなった

「市政は停滞どころか後退している」──。新潟県上越市の市議会9月定例会で議員が現状を憂えた言葉だ。中川幹太市長は2024年11月9日、就任から丸3年を迎えた。相次ぐ差別発言や不適切発言で議会からは辞職勧告決議と、否決されたとはいえ不信任案も突きつけられ、初当選時の変革を求めた多くの市民の大きな期待は、不信や失望に変わった。どうしてこうなったのか。この3年を振り返り、残り1年を切った今後の中川市政を展望する。

1年目 変革への大きな期待は…

初めて市長選に挑戦した2017年は3期目を目指す現職に1462票差まで迫り、2021年は分厚い組織戦を展開した現職の事実上の後継を8600票差で破り初当選を果たした。「これからがスタート。世界にPRできて、たくさんの若者が来る上越市にしたい」と喜びを爆発させた。当時は、この言葉が実現性を帯びて響くほど、市民の変革への期待は大きかった。

しかし就任からわずか1か月後の2021年12月、最初の挫折を味わう。中川市長の市政改革の根幹的な公約だった副市長4人制を市議会に提案したが否決された。「対話が足りなかった」と反省した。しかし、結局、先月末に任期中の実現断念を表明し「なかなか理解されず、私も説明しきれなかった」と3年前とほぼ同じ弁明を繰り返した。

就任翌年2022年4月には「直江津には商店街がない」と発言して謝罪した。これが、いわゆる「不適切発言」の始まりだった。この発言について当時、上越タウンジャーナルは中川市政1年目の特集記事で「従来の価値観の変革を求める中川市長ならではの強い思いから出たものだが」と書いたが、今から振り返ると間違いだった。

その後も中川市長は、不適切を超えて、差別としか言いようのない発言を繰り返し、期待した市民を大きく失望させることになった。

「地域自治推進」「通年観光」「地域交通」「子育て」「健康」「防災」「農林水産」「脱炭素社会」。公約に基づく8つの政策プロジェクトを掲げたが、議員や市民からは「ビジョンが見えない」「具体性に乏しい」などの批判が出た。中川市長は1年目を「準備期間」と位置づけていたものの、市民の間では変革が大きく進まないことに不満の声も聞かれるようになっていった。

2年目 政策論議より資質の問題へ

2年目が終わった時点で、中川市長によると45の公約のうち、ふるさと納税返礼品の充実など43項目が「着手」または「実現」している。残り2つは副市長4人制と政策アドバイザー導入。これらについては、任期中の実現を諦めたため、数字上は順調に公約が進められていることになっている。

しかし、看板公約の通年観光計画については昨年、市と選定された業者が選定前から極めて近密な関係にあった問題が浮上。昨年8月の対話集会でも「脱しがらみで当選した市長が自らしがらみを作り、市民を裏切った」という声が市民から上がった。事業そのものについても議会から「市長の考えの根本が市民に伝わっていない」、「自己満足な計画になっていないか危惧している」との意見が出た。7年間で49億円の事業費を見込む計画が作られ、本年度スタートしたが、市民の理解が得られているとは言い難い状況だ。

また、不適切発言は止まなかった。昨年7月には市内の私立高校2校について「レベルが下にある」と発言し、対応に追われた。さらに9月にはJAの仮渡し金が「まったく役に立たない」などと続いた。記者会見の発言を終了後に文書を配布して訂正する異例の事態も複数回あった。市議会でも議論は噛み合わず、昨年10月には議長が「的確な答弁」をするよう異例の申し入れを行ったが、改善はみられない。

止むことのない「不適切発言」と、噛み合わない議論が続き、市議会の一般質問などでは政策論議よりも市長としての資質が問題とされることが多くなっていった。

3年目 差別発言の衝撃

「多くは工場勤務で高校を卒業したレベルの皆さんで、頭のいい方だけが来るわけではない」──。

この1年、上越市政に関して巷間最も話題となったのはこの発言だ。前年の私立高差別発言から1年経っていない今年6月、市議会本会議での発言。直後の釈明でも「市役所では高卒でも部長になっている」とさらに失言を重ねた。

全国ニュースになり、市役所には400件近い抗議の声が寄せられ、現職の県立高校校長が直接抗議に訪れたほか、中川市長の辞職を求める市民集会も開かれた。公務にも影響が出て、式典や会合などで中川市長は毎回おわびの言葉を述べ、表敬訪問や姉妹都市訪問などは副市長が代理で対応する異例の事態となった。

市議会からは「これまでとは比べものにならない破壊力があった」「市政は停滞どころか後退している」「リーダーの資質を備えないでトップになった悲劇だ」などの声が上がった。

今年7月、市議会は中川市長に対する辞職勧告決議を賛成25、反対6の賛成多数で可決。市長に対する辞職勧告決議が可決されたのは同市議会史上初だった。その後9月には不信任決議案を賛成11人、反対21人で否決したものの、反対した議員も「不信任案を可決して選挙になっても停滞、このまま市長が続けても停滞」として「市長を守ろうという思いはない」と強調した。

8月には市民が「耐え難い屈辱を受けた」として中川市長を提訴した。第1回口頭弁論は新潟地方裁判所で11月27日午後1時30分から開かれる予定だ。

中川市長のこれまでの不適切発言

日付 発言内容 場所
2022年4月 「直江津に商店街はない」「若い世代で高田本町を中心市街地だと思っている人はいない」 若手商店主らとの会合
2022年6月 「人を傷つけたら、げんこつをくれるぐらいでいい」 市民対話集会
2023年6月 特例校の設置で「(地元出身の)事務次官がいるのは有利」 市議会一般質問
2023年7月 市内の私立高校について「レベルが下の方にある」 市と新潟経済同友会の懇談会
2023年8月 「全ての人が幸せになる施策はない」 市民対話集会
2023年8月 「祭りをやっていると、熱中症で倒れる人はいる」 定例記者会見
2023年9月 コシヒカリの仮渡し金について「焼け石に水。全く役に立たない」 市議会一般質問
2023年12月 保倉川放水路の概算事業費について「1300億円という数字についてもまだ唆味」 市議会一般質問
2024年6月 「高校卒業程度のレベルの人で、頭のいい人だけが来るわけではない」 市議会一般質問
2024年6月 「市役所では高卒でも部長になった人もいる」 報道陣の取材
2024年8月 郷土の戦国武将「上杉謙信」を「上越謙信」 定例記者会見
2024年9月 「赤十字」を「あかじゅうじ」 定例記者会見

市議会などの議事録や取材にもとづいて作成

失言と噛み合わなさは続く

こうした事態を受けて中川市長は、コミュニケーションについて専門家に依頼し通算5、6回ほどのレクチャーを受けたという。成果について9月の記者会見で「他者への思いやり、配慮、言葉の選び方を学んだ」などと説明したが、同じ会見で赤十字を「あかじゅうじ」と言い、職員に訂正された。中川市長は、日本赤十字社の上越市地区長だ。

今年1月1日の能登半島地震についても対応と発言が疑問視された。地震当日、国道8号の通行止めなどで市役所に登庁できなかったことについて1月4日の記者会見で「問題はなかった」との認識を示し、災害対応について「大きな課題はない」と答え、津波からの避難の呼びかけについても「万全だった」と述べた。しかし、翌月の定例記者会見でこの「万全」発言を撤回した。

与野党一騎打ちとなった先月の総選挙(新潟5区)の対応でも言動が一致しなかった。9月30日の定例会見では「どちらも応援しない」としていたが、結局は自民候補の決起集会のみに出席してあいさつした。一方、立民候補に対しては、集会への出席や応援演説などは全くしていない。

周囲困惑させる行動も

不適切発言がいつ飛び出すか分からないため、会合などに出席するたびに、発言と一挙手一投足に注目が集まるようになった。中川市長による周囲を困惑させるような行動について指摘する関係者もいる。

能登半島地震後、市の災害対策本部が設置されていた今年1月14日、中川市長は約100人が参加したある新年会に出席した。この様子を市議会で取り上げた議員は「壇上に上がって大声でカラオケを熱唱する姿に驚いた。翌日には災害対策本部の会議があり、参加者からも非難の声が聞かれた」と指摘した。

2024年1月14日、市内で開かれた新年会でカラオケを熱唱する中川市長。市によるとこのとき飲酒はしていないという(写真・読者提供)

また、先月、中川市長が出席したある会合後の宴席。同席した一人は「少し前までは失言のおわびで飲酒を自粛していたはずだが、何事もなかったかのようだ。結構な量の酒を飲んでいたと思ったら突然、大勢の前で詩吟を披露した。本当に驚いた。何を考えているかわからない」と話した。

また、今月、ある日の表敬訪問。上越市のふるさと納税返礼品として賞を取ったうなぎが、うな重として出された。受賞者側の代表が説明する前で、中川市長は時折短い相づちを打つものの黙々と食べ続けた。午前10時からの面会と試食だったが、予定していた時間を過ぎて一人前を平らげ、同席していた関係者や職員、報道陣を驚かせた。

うな重を平らげる中川市長(2024年11月)

どうしてこうなった 関係者に聞く

就任から丸3年。3年で当初の大きな期待感はすぼんだ。「不適切発言」の影響が大きいとみられるが、それだけでこの状況は説明できない。この3年間、中川市政を近くで見てきた関係者に聞いた。

ベテラン市議の1人は「結局、何をやりたかったのか定まっていなかったのではないか。副市長4人制や地域独自予算など思いつきで出したような話が多い」とした上で「選挙のときはそれは見えなかった。若さだけで投票した人も多かったのではないか」と分析する。

別のベテラン市議は「彼は政治家ではなかった。もっと政治を学ぶべきだ。副市長4人制についても、議会で説明を尽くすようなことを言っていたのにまったくやっていない。なのに、記者会見では理解してもらえなかったと言う。こういうウソを言うから信用できなくなる」と話す。

さらに別のベテラン市議は「あれだけの失言の後に『あかじゅうじ』などとは常識では考えられない。子どもの間でも話題になっている。人格を否定するようなことを言うつもりはないが、何かが根本的におかしいのではないか」。

ある市関係者は「市議会議員を2期やったとはいえ、組織のトップを務めるための知識と経験が不足している感じがする」と言葉少なに話した。

中川市長自らの総括は…

中川市長自身はこの3年間をどう考えているのか。10月30日の記者会見で自ら総括した=動画=

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この3年間は「市民生活に直結する課題に取り組み、人口減少など環境の変化に対応した」「公約の政策プロジェクトは、第7次総合計画に織り込み、着手できるものから実行に移した」と総括。具体的な成果としては、予約型コミュニティバス導入、きめ細かな子育て支援、ふるさと納税活用、IT企業誘致、奨学金返還支援などを挙げた。

さらに「市民生活に根差した取り組みには市民から一定の評価の声も聞く」と成果を誇示したが、「不適切発言」には一切言及しなかった。

記者から「不適切発言」が3年間の市政運営に与えた影響を問われた中川市長は「これからは発言に注意していかねばならない」と答えた。記者は3度同じ質問を重ねたが、「たくさんの方々に心痛をかけたので、おわびをしていかなければいけない」などと繰り返すのみで、ここでもやり取りは噛み合わず、真意は本人のみぞ知るだ=動画=

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残り1年

「市民の声や思いをしっかりとくみ取りながら、全力で市政運営にまい進していく」と締めくくった中川市長。来年については「合併20周年をはじめ、観桜会や謙信公祭がそれぞれ100回を迎えるなど節目の年。市民と一緒にまちの魅力をより一層高め発信する」としており、意欲満々だ。

一方、市議会がこの間の中川市長の説明に納得している様子はなく、辞任を求める動きは依然くすぶっている。現在、1期目最後の年となる来年度の予算編成に向けた作業が始まっている。残りの任期が短い中、来年3月に中川市長肝いりの政策的経費を盛り込んだ新年度予算案がすんなりと通るとは考えづらい状況だ。

この3年間の歩みを見るにその道程は極めて険しいが、市民と議会に説明を尽くして、信頼を取り戻すしかない。

(おわり)

記事参照元:上越タウンジャーナル